
ルビ付きを読みました - 邦訳版はまだ読んでいませんし映画も見てません。ですから、今回は英語で読んでみての色眼鏡にとらわれない感想を伝えたいと思います。そして、これから英語に挑戦したいという人たちに向けて使用感をレビューします。まず、これを機会に英語を楽しく学びたいと考えている方もいるとは思うんですが、ルビ付きとはいえ最低限の英語知識が必要になります。辞書をひく手間を少しだけ減らしてくれるんだ程度に考えておいて下さい。ルビ付きシリーズやバイリンガルシリーズのマンガなど、手段はそれなりに用意されているので、三ページくらい読んでみて読めそうな本から手をつけた方が良いと思います。この本はそれなりに分厚いので。私は児童書からがオススメです。実際、どれくらいの知識が必要なのかと言われれば、一般的には高卒程度と言う人が多いものでも「私は高校卒業したから大丈夫」などという簡単なものではありません。「高校卒業レベル」ではなく「大学受験レベル」と考えて下さい。英語が得意な大学生が楽しんで読むくらいのレベルです。
世界中の人に読んでほしい名作 - 最後の数ページは涙が溢れて止まりませんでした。主人公チャーリィの言動に対して様々な思いが一挙に押し寄せ、心を激しく揺さぶられる感覚でした。知能と人間性(愛情、思いやり、誠実さなど)の両立。この本のテーマをあえて言葉で表現すればこういう表現になりますが、言葉にするとあまりにも多くのものがこぼれ落ちてしまう気がします。主人公の言動が心を揺さぶるのは、彼自身が一人の人間として最後まで知能と人間性を両立させ、成長しようと努力するからではないでしょうか。あくまで「両立」という部分が重要であり、作者はどちらか一方のみで良しとしている、あるいはどちらか一方しか成し得ないと言っている訳ではないと思います。その根拠として、知能退行後の彼は一見手術前の彼と同じ知能のようですが大きく異なる点が2点あります。それは、自分のことは自分自身の意志で決めていることと、知能を高めるための努力を最後までしていることです。そして、一度高度な知能を手に入れることによって孤独を味わうことになっても、周囲に最後まで思いやりと愛情を注ぐその姿勢に心打たれます。最後の数ページはそんな彼の知能への意欲(向上心)と人間性の両面に心打たれ、涙が出たのだと思います。できるだけ多くの人に読んでほしい名作です。
人の幸せを再認識させてくれる - 白痴の主人公が新しい脳外科手術により天才に変貌していく姿が描かれている.急速なスピードで知能が向上していくため,感情の成長が追い付かず,周囲の人との関係がうまくいかなくなる.白痴だったときには何も思わなかったことが,知能が高くなったために考え過ぎてしまい,自分の中での葛藤や周囲との軋轢が生じてくる.ある時,モルモットのアルジャーノンの知能が急速に低下していくのを見て,自分に施された手術に欠陥があるのではないかと思い,それを理論的に立証する(アルジャーノン・ゴードン効果).人の本当の幸せとは何かということを再認識させてくれる良書である.
知は力、しかし、いつかは衰え、死んでゆく。アルジャーノンのように。 - 「アルジャーノンに花束を」という小説の題名は知っていましたが、このような哲学的な内容の作品だとは思いませんでした。医療や科学が障害者に何ができるのか。障害持つものの苦悩は本人しかわかりませんし、本人もわからない場合がある。それを一方的に、家族や医師や科学者が施術をほどこし、スーパー人間を作りあげる。それは本人にとって本当に幸せなことなのか?チャーリーは自ら、知を求め、手術を受け、能力を授かります。その結果、スーパー人間になるが、孤独は深まるばかり。そして、どんどん能力が衰えて痴呆になってゆく恐怖。これは、ふつうのエリートたちにもいえることではないでしょうか。優れた能力を持つヒトは、劣った人間を下げすみ、馬鹿にする。劣った人間たちは、さらにおとった人々をいじめて憂さを晴らす。人間の心理を知り、うまく働くなった脳を抱えながら、それでも生きて勉強をしていきたいと願うチャーリー、ヒトに施しを受けることを拒み、自立しようとする彼の生き様は尊敬に値します。私はたぶんアルジャーノンのように、すべてに絶望して死んでゆくのでしょう。
人として - 初めから最後まで、ひたすら、人として生きたい。知的障害者から天才、そして再び知的障害者に。その間、自分が生まれてきた理由を求め、自分が生きた証を残したいがために、ただひたすらに。壮絶である。都会の雑踏と、急ぎ足で通り過ぎる時代の流れに翻弄されている我々現代人に、もう一度、人として生きる原点を見直させる本です。