
自己愛と孤独 - 主人公ラスコリニーコフは、自惚れやで執念深く、ヒポコンデリーの症状のある男であり、自分自身そのことに気づきながらも、自分には「しらみ」のような他の人間にはない「人間」たる何か(例えば、世の立法者や権力者となる素質)があると信じている。 こうした主人公の特徴については様々な解釈があると思うが、私はこれらの徴候は全て自己愛に基づくものだと考える。つまり、ラスコリニーコフは自己愛に生きているが故に孤独であり、「病的な自尊心の持ち主」だったのである。例えば、親身になって自分や家族の世話をしてくれているラズミーヒンに対して、彼は「いい男」とは言うが、一言も礼など言わず、むしろその親切に対して迷惑だと言ったり、軽蔑したりしている。また、他人をほとんど自分より下等のものと見たり、馬鹿にしたりすることに何の罪悪感もない。 彼は刑務所に入ってからもしばらくの間は自分の犯した「罪」を自覚できなかった。彼があの殺人に対して抱いたものは、老婆への心からの贖罪ではなく、「しらみ」のような老婆を殺すために、彼が歩むはずだった偉大な人生に汚点をつけ、母と妹を苦しめたことへの悔やみだった。 彼が罪の意識を取り戻すことができたのは、最後に、自分のソーニャに対する愛に気づき、ソーニャの愛を受けたことによって、自己愛という孤独から救われ、周りがやっと見えた(愛を周りにも与えることができるようになった?)ときである。その後彼は周りの囚人たちからも嫌われなくなった。 ソーニャは彼が刑務所に入る前に、「彼を生きさせるものは、死への恐怖と臆病しかないのかしら」というような意味のことを言っているが、自尊心からくる人生の苦悩や死への恐怖から人間を救えるものは、心からの他者への愛であるということをドストエフスキーは伝えたかったのではないかと思う。(大変に感銘を受けたが、個人的にはスヴィドリガイロフの描写の一部が蛇足な気がしたので☆四つ。)
人類の至宝 - はじめて読んだドストエフスキーですが、度肝を抜かれました。文章の力といったらいいのか、100年以上前の著作でありながら、強烈に引き込まれました。本書の翻訳者である江川卓さんの「謎解き「罪と罰」」を読んで、ドストエフスキーの凝りに凝った思考過程を知ると、2個目の度肝を抜かれました。サスペンス・恋愛・思想・・といったさまざまな要素をキリスト教的世界観によってつむぎ、しかも、これらが複合的・多義的な独特の言語感性によって表現されており、とにかくスゴイ小説です。ストーリー展開はもちろんですが、単に、「文章感を味わう」だけでも、実に質の高い酩酊感を味わうことができます。
人道主義的な反人間主義 - ドストエフスキーの翻訳では江川卓のものが一番好きだ。読んでいて意味が分からぬ箇所が無いし、味も素っ気もない訳文でもないからだ。20年ぶりで再読したが、勘違いしていた箇所があった。ソーニャの前で路上に跪いた時点で主人公が転向=回心したものと思っていたが、そうではなかった。まだこの時点ではニーチェ風の超人思想に片足突っ込んだままなのだ。また前半の、ニヒリズムが必然的にマゾヒズムに至る描写が秀逸だと思った。作者の異常な反ユダヤ傾向にも気が付いた。
無骨で力強い秀作。訳文は読みやすい。 - よく言えば力強い作品、悪く言えば無骨な作品。刃物にたとえると、なまくらの「ナタ」のようなイメージでしょうか。歯が所々欠けているけれど、力でどすんと叩き切ってしまうような力強さを感じます。日本の第一級の小説(たとえば三島由紀夫の作品)と比べた場合、繊細な奥深さという点では『罪と罰』は正直言って見劣りすると思います(少なくとも、情景描写については三島の方がはるかに上でしょう)。また、『罪と罰』では、ストーリーの冗漫さや登場人物の設定の強引さといった不出来な部分も目につきます。しかし、上記のような欠点があったとしても、作品の持つ迫力で吹き飛ばされてしまうのか、読んでいるうちにあまり気にならなくなります。この辺が世界の名作といわれる所以なのかもしれません。訳文は非常にこなれていて読みやすいと思います。1,000ページを超える長編なのに挫折することなく読み通すことができたのは、訳者の江川氏のおかげかもしれません(工藤訳は読んでいないので比較はできませんが・・・)
愛か… - 最後まで読んでも、罪と罰が何を意味するのかわかりませんでした。主人公は高利貸しの悪徳の老婆を殺しますが、あくまで人々を助ける目的でした。罪とは老婆を殺してしまったことを指すのか、それとも結局、殺してしまった動機が自分の正義感に対する傲慢にあったことを指すのか。罰とは法律上の罰を指すのか、それとも殺してしまった後に訪れる苦悩に苦しむことなのか。読み終えた人に、罪と罰って結局なんでしたか、と尋ねても千差万別になるような気がします。心理的描写は緻密で、繊細です。かつ終始一貫、壮大な結末に向かって物語りが展開します。ただ、最終的な結論が人間には愛が必要だという結論には少し腑に落ちませんでした。それまで人間の生と死や、道徳について語っているのにも関わらず、それまであまり語られてこなかった愛が結論にきて、希望が見えて終わるというのにはあまりに抽象的であり観念的で、説得力に欠ける気がしました。